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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7753号 判決 1958年10月30日

東都銀行

事実

原告株式会社東都銀行は請求原因として、被告株式会社西谷木工所は昭和三十年十月十三日戸山製作所に対し額面金額五十万円の約束手形一通を振り出したが、原告銀行は昭和三十年十月二十八日右戸山製作所から右手形の裏書譲渡を受けたので支払期日に支払場所においてこれを呈示して支払を求めたが拒絶された。よつて被告に対し右手形金及びこれに対する完済までの法定利息の支払を求めると主張した。

被告西谷木工所は本案前の抗弁として、原告の被裏書人としての地位は、取立委任裏書を受けたものに過ぎないから、本訴請求をなすべき当事者適格を欠き、本訴は却下を免れないと述べ、さらに本案につき抗弁として、原告は、後記抗弁の附着しているものであることを知りながら本件手形を取得したものであるから、害意の取得者として抗弁切断の保護を受け得ない。すなわち、被告会社代表取締役西谷一郎の孫西谷彬は、事業資金に窮したので、昭和三十年九月頃知人である近藤良一に金策を依頼したところ、近藤は彬に、吉野一二なる人物が金融を依頼できる筋を持つているからと話した上、同人を紹介した。そこで彬は、被告会社のため、その振出にかかる額面金額各五十万円の約束手形二枚の割引を吉野に依頼し、右割引が実現したときは、一枚分の割引金を吉野の使用に委す旨約した。而して、吉野は、その割引先は戸山製作所であると話したので、彬はその代表取締役広瀬一八に会つて割引の見込を確めると共に、右割引金を被告会社が受領しない限り右手形による手形債務は発生しないことを諒解させた上、右手形二枚を広瀬に交付した。ところが、同人等の約束にもかかわらず、全く金融を得ることができなかつたので、彬は、広瀬、吉野に右手形を詐取されたものとして両名を告訴する一方、本件手形以外の約束手形一通はこれを取り戻した。しかし、本件手形については、広瀬が所在不明と述べたので、被告会社において調査したところ、原告銀行目白支店にあるらしいとの情報を得たので本件手形の支払期日以前に右支店に問い合せたところ、同支店はさような手形はない旨回答した。しかるに、原告銀行は、その後本件手形の支払呈示、次いで本訴請求をして来たものであつて、このような経緯に鑑ると、原告銀行は、本件手形が前示のような趣旨で振り出されたものであることを知りながらこれを取得したものといえるから、原告の本訴請求は失当であると抗争した。

理由

先ず被告の本案前の抗弁について判断するのに、手形の取立委任裏書は、被裏書人に自己の名において手形上の権利を行使する資格を授与することを容認したものであつて、このことは被裏書人が取立のため当事者として請求訴訟を起すことを当然許容しているものというべく、被告の、取立委任裏書の被裏書人は当事者適格を欠くとの主張は、それ自体失当である。仮りに、右抗弁が、原告は取立委任裏書の被裏書人であるから、その善意悪意を問わず、被告が受取人である戸山製作所に対抗し得る抗弁の対抗を受けるべきものであるとの趣旨を含むとしても、後記認定のとおり、原告は、譲渡裏書の被裏書人であるから、採用の限りでない。

そこで本案における被告主張の抗弁について判断する。本件手形が被告会社から戸山製作所に振り出された経緯については、証拠によると、被告主張のように、事実上被告会社の経営に当つていた代表取締役の孫である西谷彬が、戸山製作所が他所で被告会社振出の手形を割引くことによつて資金の融通を受けようとし、その諒解の下に見返りとして、被告会社のため、その振出にかかる本件手形を近藤良一、吉野一二を通じ右戸山製作所に対し振出交付したこと、従つて、被告会社は本件手形の割引金を受領しない限り右戸山製作所に対し振出人としての責任を負わない旨の約定がなされたことを認めることができる。而して、証拠によれば、被告会社の期待に反して、本件手形の割引による金融が実現しない見透しが確実となつたので、本件手形は被告会社に返還されるべきものとなつたこと、しかるに、被告会社の探索も空しく、本件手形は戸山製作所から原告銀行に対し裏書交付されたことが認められる。

そこで、原告銀行が本件手形の害意の取得者であるかどうかについて審按するのに、証拠によると、戸山製作所は昭和三十年十月頃から原告銀行との間に、手形貸付、商業手形の割引等の取引を開始したものであること、而して右取引に当つては、原告銀行とかねてから取引のあつた中条参郎が代理人として一切の手続を処理していたこと、従つて戸山製作所の代表取締役であつた広瀬一八が、前記の経緯により被告会社から振出を受け所持していた本件手形を右中条に交付し適当なところで割引方を依頼したところ、中条は昭和三十年十月下旬これを原告銀行に持参し、他の手形と共に割引方を依頼したこと、原告銀行ではかねて中条との間に貸付額二百万円程度に及ぶ取引があり、預金額等、信用状況も可成り良好であつた上、戸山製作所と原告銀行との約定書上、戸山製作所の保証人となつており、又本件手形が提示されたときから十日程前にも、戸山製作所に対し九十万円余の商業手形の割引をしたこともあつた位であつたので、本件手形の性質について特に疑念を持つことなく、むしろ原告銀行の貸付係員が本件手形の支払場所に表示されている富士銀行に対し被告会社の信用状況を問い合せたところ、非常に堅実であるとの回答を得たし、中条から、本件手形は戸山製作所が被告会社にテレビ十数台を売却した代金として受取つた旨聞かされたので、最も信用度の高い手形と考え、割引の依頼があつて数日後、戸山製作所から譲渡裏書を受けた本件手形を担保として、いわゆる手形貸付により、額面金額五十万円に見合う程度の金員を貸付けたことを認めることができる。しかしながら、他方において、証人広瀬一八の供述によると、戸山製作所の代表取締役である広瀬一八は、原告銀行との取引開始後一度も原告銀行に現われたことがなく、原告銀行においても戸山製作所の営業状況等につき実地に調査したこともなく、本件手形による貸付に当つても、広瀬或いは被告会社に対し特に本件手形振出の事情について確かめる処置を執つたことはなかつたことが認められる。

これを要するに、原告銀行は、本件手形を取得するに当つて、振出人である被告会社と受取人である戸山製作所との間に、戸山製作所が本件手形を融通手形として他に割引し、その割引金を被告会社に交付しない限り、被告会社は手形債務を負担しない旨の約束があり、且つ被告会社が右割引金を未だ受領していないことについては、何ら知るところがなかつたものと認められるので、原告銀行を以て本件手形の害意の取得者というわけにはいかない。のみならず、手形法第十七条の抗弁制限の場合にも、手形善意取得の場合と同様に重大な過失のないことを要するとの見解をとつたとしても、以上認定の事実関係の下においては、戸山製作所と原告銀行との取引の仕方が異例であつたと認められるにせよ、原告銀行が本件手形を振り出した被告会社又は受取人である戸山製作所の代表取締役について本件手形の性質を確める処置を執らなかつたことを以て、その重大な過失とみることはできないものというべきである。なお被告は、原告銀行が本件手形を取得後、被告会社の照会に対し、本件手形を所持していることを秘匿したことを以て、原告銀行の本件手形取得当時の悪意を推認すべき一資料であると主張し、証拠によつて右主張事実が認められないわけではないが、右事実だけでは、未だ原告銀行の悪意を認めるには足らない。

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